4seasons~季節を眺める少しの瞬間

4seasons別館~日記と更新履歴といろいろなことの書き付け場所

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桜散らす雨

いきなりまた重たい話で恐縮です。
2008.4.7 PM2:44 父、永眠いたしました。69歳でした。

(実は以下の文、4/8の時点で下書き保存してありましたが
今日まで何かと慌ただしく、そのままにしていました。
とりあえず、後の方だけ書き足して、本日4/17、送信しています。)

-----

花曇りの朝、母が電話で看護士さんから
父の呼吸が浅くなっているらしい、との連絡を受け、うちにも連絡をくれました。

本日、私達の住む市では小中高(?)合わせて入学式があった模様。
ちびたは翌日の始業式から出校なので本日までが春休みです。
春休み最終日ということで、予定ではその日休日のダンナと二人で
どこかへ出かけるはずでした。
父の入院や、たまたま主人の休みのタイミングが合わなかったなどで、
ほとんどどこへも連れて行けなかったので
前日コンビニで急遽ドライブガイドなんか買ったりして。

まあ実をいうと、それ半分、
隠している手前表立って葬儀社の見積もりや喪服をどうするかなど
相談できないものだから、ダンナに連れ出してもらっていろいろ用事を済まそう
なんて思ってたのが半分なわけなんですが。

でもそんな連絡が来てしまったので、もう本当にこれは最後の覚悟を
しなくてはならなくて
取り急ぎちびとダーは自宅待機で妹とふたり病院に走ると
やはり担当の先生の見立てもここ数日かもしれないとのこと。

それからは実に慌ただしかったです。
親戚への電話、葬儀社への相談、その後
入れ替わり立ち替わりの見舞い。対応。

そして
ワタシ的に最大の難関。
ちびたへの説明。
彼は、幼いながらも、きちんと自己消化したいタイプなので
(つまり自分の中できっちり納得をしたいというタイプ)
隠すなら完璧に、話すなら細かくても酷かもしれなくても全部
だと思っていました。
(後に、ダンナから、『おいおいそこまでミモフタモナイ表現するのかよ』
と聞きながら思た・・・と突っ込まれましたケド。)

ちびたは、泣きそうになりながら、でも
ものすごく頑張ってこらえていました。
親や身内の前では、なかなか泣けない子なのです。
私は、それを見てやっぱり、とうとう涙が出てしまいました。

それでも、
その時点でするべきこと考えるべき事をざっと浮かべると、
泣いている暇もないのが現状です。

ともかく基本は『食』だよ。
と言い張りましてむりくりでも全員にご飯の時間を作ります。
実際、母はもちろん、私ですら相当に食事は不規則、かつ、
何食べてるんだか判らず、みたいな感じでしたし。

そのあと、
もしかしたら負担がかかり、可哀想になるかもしれないけれども
あまり動き回らせたくない妹を病室に残し、
(それはまた理由もあるんです。)
半休で帰ってくるという妹夫のところへ
取りあえずちびたをあずけ、私と母とうちのダンナの三人で
約束の時間に葬儀社に説明を聞きに出ました。

まだ亡くなっていないのに葬儀社?!と思われるかもしれませんが、
病院で亡くなった場合その後遺体を移動させるところから
葬儀社さんにお任せしたほうが話がスムーズに済むのです。
(もちろんそれも有料というか葬儀代に含まれるのですが)

おおまかな流れを説明された頃だったでしょうか
突然母の携帯が鳴りました。
どきり、としました。
私の携帯も、見れば妹夫から着信あり。
容態急変・・・というか、呼吸が止まりそうだ、と。

雨が、たくさん降ってきていました。
妹夫とちびたを拾い、病院に向かいました。
間に合わないかもしれないな、と漠然と思ってました。
気がかりは、妹を残してきてしまったこと。
叔父叔母(父の弟夫婦)が一緒に居てくれたことが
本当に何よりだったです。
うちの妹は、私よりもしっかりものではあるんですが
本当に泣き虫で、精神的にもダメージを受けやすい人なので。
実は前日、本人的には割と長い間気にしていた
妊娠が、判明していたんです。
父に午前中報告したときは、妹に何か云おうとしてました。
だからたぶん、父も、判ってたと思います。

結局、
私達は最期には間に合わず叔父夫妻と妹が看取ってくれてました。
叔父さんたちが居てくれたとは言え、
妹には可哀想なことをしたと思います。心細さとか不安とか、いろいろ。
それでも
ひとりでも
自分の血を分けた娘が父のそばにいられて良かったとおもうのです。
ちびたにも父の為には、そばに居させたかったけど、
生命を見送る瞬間に立ち会わせていいものかどうか、
正直、迷っていたところもあったのです。

私達が病院を出て葬儀社で話を聞き、
父が亡くなる時刻の間なんて、ほんの一時間です。
私達は、葬儀社のアポを取らなかったら
とか
妹は、もっと早く(私達に)連絡すればよかった
とか
思い返せば、あちこちにタイムスケジュールの分岐点は、あって
けれどもなんとなくきっと
すべてはそうなっていくように、なってた、気がします。

同じ頃から降り出した雨は
だんだん強くなって、ずいぶん長く保っていたような気のする桜も
これで散るのかなあなんて、思ってました。

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花をつむ

・・・保存日付は違いますが連続して書いてます・・・。

というか、
『花降る』で書こうと思っていたことがどんどんそれてしまって、
本当は今から書くことが『花降る』のタイトルで
書こうとしてたことなんデス・・・。

土曜の昼前、クリーニングへ行く用事があって1人で出かけ、
(ちびたは遅起きばく進中だったので。笑)
ついでに良く行く花木苗メインのお花屋さんへ行きました。
目的は薔薇の苗。・・・ホントーに懲りないヤツなのですが
やっぱりどうしても再び欲しくて目星をつけていたものを購入。
マイファーストローズの『ブルームーン』♪

というのも、前日農協で薔薇用の土が激安(自分比で。です。)だったので
つい買ってしまい、
・・・今更なんですが今年の2,3月はなんだかんだで慌ただしく、
我が家の『ブルーライト』、土替え出来なかったんですよ・・・
根も芽も活発な現時点で、土替えは、
とっても危険なんですが・・・でも根詰まりおこして枯れるよりは・・・
でも・・・・うー・・・・うー・・・・・どーしよ・・・。
いや、まあ、ともかく、ついでにもうひとつ植えちゃえーというつもりで。

そのお店は、大きい道路から一つ入った、
住宅地の中、比較的静かな場所にあって、そばに小さな川があります。
私や妹が通った小学校もすぐそばです。
川沿いの土手が、少しずつ整えられていて、のどかな散歩道が出来ています。
帰り道、その川沿いを自転車で帰ったんですが
まだやや若めの桜並木は満開で花びらがひらひら散って
その足下はずっと雪柳がまっ白に続いて
川べりには鮮やかな黄色の菜の花もたくさん咲いていて
本当に美しかったです。
川面にはカモカモがたくさんいました。
空は青くて良い天気で
こんなにも明るくてこんなにも暖かくて穏やかな、季節なのに

なんでこんなにもかなしいのかなあ
とふと思ってしまいます。

それから唐突に思い出していました。
大好きなブルームーン。
一番最初に育てたその大輪咲きの薔薇苗は
ホワイトデーの、という名目で、1年苗を父に買って貰ったんでした。

薔薇を育てはじめる前
薔薇の特集記事だったか、園芸書だったか、もう記憶は定かでないんですが
『あなたの一番(お気に入り)を見つけてみて下さい』
というような言葉がとても印象に残っていました。
こんなにも品種の多い中から、自分の特別なひとつが見つけられたら、
とても幸せな気持ちになりませんか?
っていう意味合いだと思ったんです。

あれから数年経過して、いろんな種類を育ててみました。
(残存数一鉢というのが、あまりに申し訳ないですが・・・)
たぶん
私の一番は、このファーストローズのブルームーンでしょう。
懲りずにまた枯らしたり、
手元に無いときもあったりするんだろうけども
きっとずっと
ブルームーンは特別。

・・・はっ!!!
いやいやいや、今あるブルーライトさんも、もちろん
とっても大事ですよっ?!
拗ねて枯れちゃったらどうしよ
と、本気で思ったワタシ。笑

| days (日々浮かぶこと) | 04:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花降る

数日前に地元民なら良く知っている桜のたくさん咲く公園へ行きました。
一番下の写真なんかはジモピーなら一発で判る建物なので、
曖昧にしてみたり。笑

08sakura-1

sakura-2

sakura-3

sakura-4

sakura-5


そもそもの目的は、父の病室があまりに何もなくて殺風景なのが気になって
生花は無理でも
写真でなら花を飾れるかなという目論見で桜花を撮りたかったわけです。
(と、最初に思いついた日からはすでに数日経過してたんですが・・・。)
とはいえ、花見がてらの散歩、というゆるゆるとした時間は
母や妹やちびた、そして私にとっても案外
ここ数週間のしんどさに必要なささやかな休憩だったようです。
癒される、とはこういう事だな、と。

父の容態はめまぐるしく変動しています。
先日の一時退院のときには、
多少会話が成り立たないこともありはしたものの、
言葉もまだ出ていて
うちの夫や妹夫のことを気遣ったりしてました。

辛かったのは、うちの夫が声をかけたとき、
どうしてこんなことになっちゃったんだろうなあ・・・とつぶやきながら
涙をこぼしたようだった時で
あたしたちは一瞬、それをどんなふうにも受け流せずに
絶句してしまったことでした。
すぐに、なんとか会話をつないで踏ん張りましたけれども。

父が泣くのを見たのは、
13年前やはり癌で亡くなった父の兄の告別式の時以来でしょうか。
どこの家でもそうだと思いますけど、
父が泣くことなど、本当に滅多にないことなので正視できなかったのを
覚えています。

一時退院は家族中の誰にとっても、・・・恐らく母にとってはこのうえなく、
精神的にはきついものだったかもしれません。
父はベッドから起き上がれるわけでもなく、もちろん
一緒に食事ができたわけでもないですが、
あの時間を一緒に過ごせて、とても、ありがたいと思いました。

花見の後日A4版にプリントアウトして、昨日病室に持って行った時点では、
実はもう今日明日中でもどうなってもおかしくない状態、と
母から聞いていました。
もうほとんど口もきけなくて、呼吸も苦しそうで、
無意識に手を動かしたり、何かを示したりしているけれど
それが何を意味しているのか、私達にはまるで判らなくて
ただ、黙って見ているしかなくなっていて。

それでもせっかくだからと
母が声をかけて今年の桜だよ、と写真をかざすと
いくらかは見てくれたみたいです。
もう、病室に飾るとか、そんな状態でもない気がして
結局持って帰ってきてしまったんですが・・・
今日の母の電話では、今日はうってかわって意識も明瞭で
元気だったらしく・・・なら飾ってこれば少しの気休めにでも
なったかもかしらん・・・とか。
やはり、病状は波があるのでしょうね。薬のせいもあるのでしょうし。

ここ数日間で少し、気がかりなのは
うちのちびたのことで、
・・・たぶん、具体的にどう、というのではなく、漠然と、怖い、のでしょうね。
一時退院のじぃじを見た後、何かをかぶって顔を隠して丸くなり
驚いた母が覗き込んだら目のふちを赤くして泣きそうな顔だったそうです。
一時退院よりも前にも、
主人とゲーセンに行った時、これまでほとんど別行動だったのに
その日は主人の傍を離れたがらなかったらしいし。
何の気なしに夜、お父さんと一緒に寝るか~?とか云ったら
その日からずーっと一緒に寝てますしね・・・挙げ句、
夜中に起きてきて私の所へ来ると
『おかーさんも、いっしょにねる?』と言い出す。
ああ、あたしたちは、ちびたをこんなに不安にさせているんだ
と、つい泣きたくなります。

なんにも、説明できなくてごめんね。
そりゃあ、こわいよね、あんなに様変わりしてしまったじぃじや
今までと何か違う日常生活や
ただならぬ気配。
でもおかーさんは、
キミが少しでも泣きそうになったりするのを見たらきっと
もう塞き止められなくなってしまうので
まだすこしそのままマンガ見て無邪気にケタケタ笑ってたり
しててほしいんだよ。
眠ってるキミの頭をなでなでして、
元気付けられてるのは、実は私のほうだったりしてる。

母には時々、あんたはのんきだねえとか元気でいいねえとか
嫌味(?笑)をもらったりしてますが
そう。
私はおかーさんだから元気に頑張れるのだ。と思います。
強がってるとか無理してるとかじゃなくて。
おかーさんが泣いてたら、ちびたはきっと、もっと心を痛めると思うので。
でも、やっぱり誰もいない所で(たとえばお風呂とかで。笑)
こっそり泣いちゃったりも、するのさっ。

| photo (目に映るもの) | 21:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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